今朝方は奇妙な夢を見ました。
かの人気漫画「美味しんぼ」を元ネタにした夢だったのですが、その内容たるや、とある山里にで偶然出会わせた山岡士郎と海原雄山が、
「山岡が海原家を飛び出した際に“美味しんぼ”の第25巻を持ち出しており、雄山はそれを返せと迫り」…結局いつものごとく珍味対決という名目で料理勝負をはじめるというものでした。
なぜに劇中で原作の本が出てくるのか自分でも分かりませんが、夢なので。
結局のところ、勝負は中国少数民族が伝える麺料理(そんなモンあるのか?)を作った雄山の勝利。
「さっさと第25巻を返せ、でなければワシはすぐ帰る!」みたいなセリフのやり取りがあったように記憶しているのですが、はたから見れいればもう滅茶苦茶ですな。なら、さっさと帰れよと。
当の自分はというと、どこぞの古びた映画館の一室にてこの場面を眺めており、いつの間にか
「ハリー・ポッターが水泳の授業を受けている映画」に切り替わっていました。途中で便所に行きたくなり、わざわざ家まで帰って用を足した後、映画館へ戻ってみると…まだ上映中のはずなのに画面には何も映っておらず、外の通路ではどこぞの親子連れが「これおいしい!」と騒いでいるのでした。このあたりで記憶は途切れてその後起床。時刻は午前10時を回ったところでした。
こんな夢でした。
久々に見た奇妙な夢でしたな…暑さのせいでちょっとやられたのかも。
今日は曇天なのですが気温は相変わらず高い。湿度が半端ないから汗が酷いんですね。なんかもう一日中汗臭いようで本当に気持ちが悪い。予報では午後から雨になるといっていたけれど、どれほど当たりますやら…。なんせ、ここ二週間ばかり、私の住んでいる地域じゃ雨の一滴も降っていないのですから。
◆教科書の厚さを倍増、自習にも対応 ちょっと気になる今日のニュースのその1。いわゆる“ゆとり教育”対策についての記事。
政府の教育再生懇談会(安西祐一郎座長)が、小中高校の教科書の質と量の充実を図るためにまとめた教科書改革の素案の全容が26日、明らかになった。これまで一般的だった教室での使用を主目的とした分量の薄い教科書から、「自学自習にも適した教科書」に性格を変えようとするのが特徴だ。特に、国語、理科、英語では、名文の引用や練習問題を豊富にし、総ページ数を2倍に増やす必要がある、としている。
懇談会は、学力低下を招いたと批判される「ゆとり教育」から転換を図る取り組みとして、28日から素案をもとに具体的な検討に入る。素案は、上記の点について「教科書が、教室で授業を受けながら使うことを前提に作られている」と指摘し、授業だけでなく、児童・生徒が自習する際にも一人で理解できるよう、丁寧に記述するよう求めた。
こうした改革を実現するため、国語、英語、理科の3教科について、「2倍のページ数が必要」と具体的目標を掲げ、新学習指導要領が2011年度から小学校で全面実施され、新しい教科書の準備が間もなく始まることから、懇談会は今秋にも予定される第2次報告にこの改革を盛り込む方針――との事。
参照:
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080726-OYT1T00881.htm?from=main2 気になったのは
「今現在の二倍に増やす」という箇所。そんなにまで今の教科書っていうのは薄っぺらくなってしまっているものなのか。私が義務教育課程に在籍していた頃は、教科書を最後までやり終えるなんて事はまずなかったように記憶していますね・・・特に歴史。酷かったのは中学の時で、一年かけて安土桃山時代までしか進まなかった(織田信長の登場前で一年が終わってしまった)事もあったぐらいでして。
ま、こういうのは担当教諭の割り当てが下手糞なんだ、とも言えるかとは思いますが、私は中学高の授業で「江戸時代以降の歴史を習った事」が実はないのです。だから近代史なんてさっぱりなんだよね。本当なら一番知っておかなきゃいけない時代だと思うんだけど。
今やネット上では「ゆとり」「ゆとり」と、無学なもの・浅はかなものに対する罵倒語としてのスラングの体をとりつつありますが、その厳密な定義は曖昧なまま。世代的な問題よりも、単なる悪口の一つになり下がっているのが悲しいね。前にも書いたけど「ニートとひきこもりの区別が曖昧」とか…。
Wikiペディアの記述によれば、「ゆとり教育がいつから始まったかには諸説ある。加熱する受験競争などへの批判から、1970年代には教育にゆとりを求める論議が起こっている。学習内容・授業時間数の削減を盛り込んだ学習指導要領が施行された
1980年度をゆとり教育の始点とする見解もあるが、
2002年の学習指導要領の施行時をゆとりの始点とする見解が多い。」とありますね。
まぁ、実質的には「義務教育課程においてゆとり教育を受けた、2002年度以降に小学校に入学した1995年4月2日以降の生まれの者」というごく限られた範囲になるのかなぁ。そうでないと、それこそ週休二日制などが導入されたのはもうかなり昔の事ですし、まさかその時代に学んでいた者を「ゆtり世代」というのもちょっとどうかと…。
と、そんなわけで――少なくとも自分が学んでいた時期の教科書は、今回の案件のそれには引っかからない、という事のようだ。だから、今使われている教科書はどんだけ(物理的にも内容的にも)薄いんだって事になるのだが、じゃあ増やせばいいのかって言ったら、きっと私の時と同じような事に逆戻りするだけな気もするなぁ…一年かけてやりきれませんでした、って。
私は――教科書どうこうよりも、教える側である教師の
“人材育成”にこそ力をそそぐべきじゃないかと思う。つい先日発覚した教職員採用試験の不正行為にしてもそうだが、おそらくまだまだ発覚していない例は多々あるはず。本当に子供たちのためを思って「教師になりたい」という熱意のある人間が教壇に立たなけりゃ、いくら教科書を改訂したところで同じですって。それこそ自分が義務教育課程にて目の当たりにしてきた教師陣の中には…お世辞にも褒められないものがそこそこにいましたからな。そういうの、政府はもっと目を向けるべきだと思う。
◆「火の鳥」奈良公園に羽ばたく、手塚治虫生誕80周年 気になったニュースその2.古都の夜をろうそくで彩る「なら燈花会(とうかえ)」(8月5〜14日)の試験点灯を兼ねたプレイベントが26日夜、奈良市の東大寺大仏殿そばの奈良公園・春日野園地で行われた。
使用されたのは約3500本のろうそくで、漫画家・手塚治虫(1928〜89年)の作品「火の鳥」をかたどった炎が約50メートル四方にわたって浮かび上がった――という短い記事。
参照:
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20080727-OYT1T00036.htm 手塚治虫も生きていれば80歳を迎えていたって事か。享年61歳…あの当時の平均寿命としては、これでも長い方なのですが、それでも今の目から見たらあまりにも短命でしたねぇ。かの藤子・F・不二雄先生にしてもそうなのだが、やっぱり無理をしてしまったのだろうか。手塚治虫はマンガ家であると同時に医者でもあったとの事だから、医者の不養生…ではなくともなんらかの事情があったのだろうなぁ。
「漫画の神様」と讃えられている手塚治虫だが、Wikiの記述を読むと、悪い意味で“実業家”的な側面が見え隠れしており、けっこうどぎつい性格の人だったのだなと分かって驚きである(どこまでが真実かは怪しいが)。言い方は悪いが、基本的にアニオタ気質だったんだなぁ〜と。
個人的には小学校の時に読んだ「火の鳥」がいまだにトラウマなもので、私にとって手塚治虫といったら「怖い漫画を描く人」って認識なんだけどね(苦笑。
夕方、久しぶりに雨が降りました。といってもごく少量のがしとしとと、といった具合ですが。
関東地方北部では大荒れだというのに、なぜも東京はこんなに乾いてしまっているのか。明日も夕方から降るとはいっているけれど、それがどの程度のものかは甚だ疑問です。まぁ、このぶんなら来週のイベントは大丈夫そうだとも言えるだろうけど…(笑。
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