■ゲド戦記 -宮崎吾朗初監督作品- 金曜ロードショー枠にて視聴。劇場へ観に行かなかったので、今回が完全な初見。世間での評判は芳しくないを通り越して駄作のレッテルが貼られている作品ですが、やはり観た以上はなんだかんだで語らねばなるまい。
結論から言わせてもらうと、確かに「駄作」だなと感じました。原作の小説は小学校の時に読んだっきりだったので、内容など全然覚えていなかったのですが、観ていて「こんな話だったっけか?」と首を傾げざるを得ないような展開の連続であり、何も知らない人が観たら「なんでこんな物語が、かの指輪物語やナルニア国物語と肩を並べてるの?」と思ってしまう事でしょう(個人的には、原作の「ナルニア国」はあんまり面白いとは思えないのだけど)。
とにかく観ている人を置いてきぼりな展開ばかりなのだ。作品世界は、“多島世界アースシー”という、一種の神話的世界なのであるが、それに言及するシーンは一切なく、序盤に「世界の均衡が崩れている」という説明セリフがあるのみ。世界を描き出す映像そのものは綺麗なのだが、だからといって「その映像でもって世界観の説明ができている」とは到底思えず、何も知らない人が観たら、出だしの“竜”のシーンも含めてちんぷんかんぷんなことになるのは間違いないでしょう。展開もひたすら物静か…というより
冗長通り越して退屈で、どうやればああまで起伏のない脚本にできるのか、まったくもって理解に苦しみました。原作は本当にあんなだったろうか…。
キャラクターの位置づけや動機も弱い弱い。まず主人公・ハイタカ(ゲド)からして意味不明。この映画は原作の第四巻「さいはての島へ」をベースにしているため、ゲドはいきなり初老の男として登場(第一巻の時点では、羊や山羊を飼う少年だったのですよ)。だから、それまでのいきさつを知らない人間には、その設定全てがさっぱりで…第一、「なんでハイタカなの? ゲドって何なの?」と混乱するばかりでしょう。もうね、菅原文太氏による渋〜い演技が完全に空回りしていましたな。
同様に、同じく主人公格のアレンもしょうもない設定だった。冒頭でなんで父親を殺したのか、なぜ彼は自身の“影”におびえているのか――説明は全くなされず、その“影”にしたって原作の第一巻「影との戦い」を知らない人間にはやっぱり(以下略。
そして致命的なのは、物語全体のスケールの小ささ。荒野から幕をあけ、港町へ到着。そこでアレンが人狩りに連れていかれるもゲドの魔法であっさり救出。その後、草原の中の農家へ。で、そこでの暮らしもそこそこに、ゲドと因縁のある魔法使い”クモ”がその魔手を伸ばしてきて最終決戦へ突入。その舞台にしても、町はずれにある小さな城…。誰かが上手い事を言っていたが、まるで「RPGにおける、序盤のチュートリアルを見ているようだ」って。そう言われてみれば、なんだか「美麗なMAPチップを作ったはいいが、そこで製作資金が尽きて、マトモな脚本(イベント)を用意できなかったゲーム」って感じがしてくるね。
あのさぁ、本当に「ゲド戦記」ってこんな物語だったのか??? 展開もご都合主義満載だったし、これははっきりいって原作者に失礼な映画ではないだろうか…。
また、映画公開当時のキャッチコピーには「竜と人の物語」なんて書かれていたように記憶しているんだけど、そもそもあの世界における
“竜”の存在意義ってなにさ…。冒頭で戦っていたシーンと、クライマックスのあのシーンぐらいしか出番はなく、第一あの展開じゃあ“竜”である必要もまったくないのでは…。
――と、さんざんけなしまくりましたが、我々はそろそろ思い出さなくてはならない。「これは、宮崎駿監督の映画ではない」って事をね。これはあくまでも“宮崎吾朗”という監督の作った作品であり、いくら父親だからといって、その偉大な功績の数々と比較するのはナンセンスだってことです。
私自身、映画を見ながら「ああ、ここは駿監督だったらこうしただろうなぁ」なんて何度も思ってしまったのですが、それはいけない事なのですね。いくら巨匠の息子だからと言っても、それを上回れずとも同じレベルのものを作れるわけがない。だから、そう考えてみると、この「ゲド戦記」について、
これはこういうモンなんだ、と納得することも出来るのではないでしょうか。
無論、ごくごく退屈でつまらない映画なのは皆が言うとおりであり、上記の言い分が免罪符になるとは思えない。責められるべきはこのようなプロットでゴーサインを出してしまったプロデューサーでしょう。
私としましては――宮崎吾朗はやっぱり若い世代のクリエイターなんだな、と感じました。
いわゆる“雰囲気重視”の作品作りが得意ってやつね。それこそUHF局の深夜枠でやっているアニメの大半は、そんな“雰囲気”に頼ったものばかりであり…そういう意味じゃあ、やっぱり初監督でこんな大作を手がけようとしたのがそもそもの間違いって事なんでしょう。だから、吾朗監督はもっと商業重視のアニメの作り方を学ぶべきなんだと思います。どれほどの下積みがあったのかは知りませんが、仕上がったフィルムを見た限りでは、やっぱり経験不足だなという印象は否めないかと。
最後に、エンドロールを見ていて、“原作・アーシュラ・K・ル=グウィン”のクレジットとは別に、
原案・宮崎駿「シュナの旅」と出てきたのを見たときには「はぁ?」となりましたな。何で原作が二つもあるのさ…っていうか、ル=グウィンの原作とは別に下敷きにしたものがあるってどういうこっちゃ…。原作者はよく怒らなかったなぁ。正直、もう何も言えん。
関係ないけど、新作「崖の上のポニョ」のCMは、いくら子どもを起用しているとはいえ、歌が酷いなと思いました。宮崎駿もさ、そろそろ息子の批判もしていられなくなってきているのではないか…?
■マクロスF(フロンティア)#14 マザーズ・ララバイ 「ゲド戦記」の感想が長くなってしまったのでさらっといきます。
前回、ディメンジョン・イーターによってその半分を失った惑星ガリア4。その宙域から離脱したアルトたちは、フォールドして逃走したヴァジュラの母艦を追撃。たどり着いた先は何とマクロスフロンティア。今までにない規模の襲撃ではあったが、フロンティア側は全戦力もをってこれを撃退。母艦にとらわれていたランカ・リーは、今まで何度となく出現していたあの謎のバルキリーによって救出され、ことなきを得たのであった…。

今回はちょっとばかし拍子ぬけだったかなぁ。前回のあの壮絶な引きから、どうなるんだろうとワクワクしていたが、実際のところは元の場所に戻ってきて袋叩き…で、ハイ終了。どこか別の宙域へ飛ばされたりしてもっと盛り上がるかと思っていただけに残念。やっぱり、マクロスからは離れずに進んでいくってことなのね。
謎のバルキリーの正体は、やはりというべきかマクロスギャラクシーのものだった。次回からは、今まで伏せられてきた陰謀の数々が明かされていくらしいけど、やっぱりギャラクシーを相手にしたVS人類な構図にでもなっていくというのだろうか。また、ランカ自身にも何か大きな秘密があるようですが、それがこれからのアイドル路線の足かせにならなければいいのだけれど…。
面白いのだが、ちと先行きに不安なものも感じる回でありました。
■スレイヤーズREVOLUTION#02 Because それはリナ=インバースだから なんだかんだで第二話も観てしまいました。物語はさほど進まず、ドラグスレイブを放つ謎の小動物という新キャラクターのお披露目回でありましたね。
飛び交う呪文にやけくそ気味な大爆発というオチ。まるで「ドラゴンボール」を見ているような感覚にとらわれますが、これが「スレイヤーズ」なのだ。今でこそこういう手法はごく当たり前の表現になっているけれど、それまでのファンタジーって、もっと重厚な戦いをするものがほとんどでしたからなぁ。そうい意味でも草分け的な作品だったのです。ただ、今の世の中では、これは埋没しかねない方法論だという一面もあるわけで…。
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